おさんぽ 疲れた

 今朝もおさんぽ。今度は東に行ってみた。実を言うと昨日持ち帰ったノビルを茹でようと思ったら無くなっている。女房殿は勿論興味も無いからといって捨てはしないだろう。聞くと娘が「あれゴミじゃなかったの?」いつも流しの片付け有難う。(泣)で、もう一度採りに行こうと思いつつ、同じ道は退屈かと方針転換。ノビルには会えなかった。明日にしよう。

 今日も良く晴れているが、晴れが続いているせいか風景は曇りがち。でもやはり気持ちが良い。おはよう常山!などと声をかけ(嘘だよ)土手に沿って歩く。ここは秋にはおいしい柿ができる。(何で知っているの?)鴨川は京都のそれと異なり小さく汚いが、(流れがないからね)釣り人にはけっこういい所らしい。最近水量が減って底にあるゴミなどが顔を覗かせる。今日は単車を捨てた馬鹿がいることが判った。カラスや白鷺が餌をあさる。

 田んぼの近くの溝にタニシが群生している。たぶんりんご貝だろう。こいつも元は何処のどなた様かが食料としてもうけようと持ち込んだものだ。おかげで日本タニシはタヌキがアライグマに取って代わられたように肩身の狭い思いをしている。タニシと言えばすぐに夏祭りの夜店のアセチレンランプから発するカーバイト独特な臭いとともに甘い、これまた独特な臭いのタニシの照り焼きを、少ない小遣いを握りしめて買いに走った思い出がある。今考えれば貧しい(今もだが)(笑)しかし希望に満ちた良い時代だった。川や海の様々なものを食べた。今では誰も食べない様なものを食べた。それだけ豊かな味覚を味わえたと思っている。人の食べ物思考は保守的であるから、幼児期に食べた物の食感や味覚や臭いが大きく「食べられる物」の基準として記憶される。僕たちの食料は今の人が聞くとおぞましいものも多いだろう。列挙すれば川の生物〔ハエ〔馬鹿野郎!蠅じゃあねえぞ!〕ナマズ フナ ボッカ〔岡山ではドンコツか〕エビ ウナギ カニ} そしてシジミもよく獲りに行ったものだ。そこにタニシ カワニナ カラスガイが共生するので全て召し上がったものだ。

 植物はススキのような穂を持つ小さな雑草の芽をみんなで争うようにみつけその柔らかい穂先を食べ、桑の実をたべ・・・などと書いていたら日が暮れる。まあなんやかやで小1時間ほど歩いて帰った。するとちょうど長女が出勤するところ。おはようと言ったが気がつかなかったのだろう。玄関を開けようとしたが開かない。しまった!鍵を閉められた。急いで奥様に電話するがお出にならない。お休みなのだろう。2-3度かけなおして諦める。

 庭の伸び放題に甘やかしている雑草に罰を加えてやろうと草刈り釜をふるうこと30分。やっと気がついてくれたのだろう。無事に入室を許された次第だ。ああ疲れた。今日は新見美術館に行き安野光雅展を見てこよう。